立飲み人生劇場 

立飲み人生劇場 その95


「逃げられましたぁ!」で、 たどり着いたは中村あたり。そこは尼崎にも似て、とってもいい雰囲気の町でした

「中村屋酒店」の巻 愛知県名古屋市中村区太閤通り6-37
TEL 052-471-5052


立飲み人生劇場イラスト、中村屋酒店。その96
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50〜60歳代と思われるおじさん連が5〜6人、みんなが和気あいあいの雰囲気で、立ったり座り込んだりして飲んでいる。中村区は太閤通り6丁目交差点の角、「中村屋酒店」へお邪魔したのが午後6時ちょい前。立ち飲み屋さんのゴールデンタイムである。
 
 鳥居のあっちとこっちで言葉が違う
早速、ビールをいただきながら、おじさんたちの話に耳を傾ける。誰かが「笑えよ!」とギャグっぽく言ったことから、「それは岡八郎だな」「奥目の八ちゃんな」。「岡八郎なら、『くっさ〜』だろう」と別の人が言うのを受けて、「そうそう。で、それを譲り受けたのが間寛平だがね」と勝手に話に加わっていったのが私。
  
 以後、「岡八郎は、花紀京とええコンビだった」から始まって、「“四国のおぼっちゃま”が横山ひろし」。で、「あれは、横山やすしの弟子だろう」「いつも、ぼかぼかに殴られたりしとったらしいわ」「やすしはエンタツの弟子だ。横山だでな」「エンタツの息子が、なんとか言ったな」「木村進」「木村進が博多淡海になってからすぐに、脳梗塞かなんかで倒れたわな」と、いきなりの吉本話。
 
  吉本の次は名古屋弁だ。「借金だらけ」か、それとも「借金まるけ」か。
  

稲葉地出身。人のよさそうな笑顔のシノハラさん
稲葉地出身。人のよさそうな笑顔のシノハラさん  
 「いやあ、名古屋弁なら『借金だらけ』だろ」と言ったのが稲葉地のシノハラさん。一方「借金まるけ」を主張したのが、私。
 
 だらけだ、まるけだ、でやりあっているところで、明快に答えてくれたのが店のおかみさん、多喜子さんだ。「返せる借金は借金だらけで、返せんようになると借金まるけ」とのこと。
 
 『借金まるけで、一家で夜逃げ』って言うでしょう」
 
 「同じ名古屋弁でも、鳥居のあっちとこっちで違う」と、言い出したのが先のシノハラさんである。シノハラさんによれば、出身の稲葉地の言葉は、この中村屋のあるあたりとは違う。つまり中村公園の鳥居をはさんで、別々の名古屋弁を使うというもの。稲葉地は、むしろ西隣りの大治町と共通点が多いらしい。
 

「中村屋酒店」は太閤通り6丁目のすぐ角。新しいお客さんも大歓迎とのことだ<
  「中村屋酒店」は太閤通り6丁目のすぐ角。新しいお客さんも大歓迎とのことだ
 「そりゃあ、チロリン村とこっちでは違うわさ」と、胸をはる多喜子さん。
 
 「鳥居の右側は稲葉地で、左側は中村で出して作ったらしいなあ」と、シノハラさん。長いお付き合いなのだそうだ。
 
 中村あたりは尼崎(兵庫県)にそっくりとか
 「大阪からこっちィ来て、もうじき5年。この中村あたりは、出身地の尼崎に、よう似てますねん」と話してくれたのが、井之上さんだ。
 
 実家は、JR尼崎駅前の由緒ある旅館で、そこの三男。長男は一と書いて、はじめ。次男が一一で、かずいち。井之上さんは一三で、いちぞお。
 

真ん中が井之上さん。いろんな写真や絵なども飾られていて、楽しい雰囲気の店内
真ん中が井之上さん。いろんな写真や絵なども飾られていて、楽しい雰囲気の店内  
「井之上一三(いのうえいちぞう)。選挙出たら絶対通る名前ですわ」
 
井之上さんによれば長兄の井之上一さんは、学生時代に立教大学で野球をやっており、あのナガシマさんの1年後輩。高校では、阪神の名ピッチャー村山実さんとも同級生だったとのこと。稼業の旅館を継いだが比較的早く亡くなり、今は兄嫁である奥さんが旅館を切り盛りしているという。
 
井之上さんの年齢を伺うと、昭和13年のうま年。
 
「親父が明治39年の丙午(ひのえうま)で、ボクが昭和13年。息子が昭和41年の丙午(ひのえうま)。な。めずらしいでっしゃろ。一家に同じ干支が3匹おると、その家は栄えるといわれるけど、なんでか知らんけど、うちはこう(手を下降させるしぐさ)。親父にもらった財産も、ぜ〜んぶ遣ってしまいましたわ」
 
「なんで名古屋へ?」の疑問がわいたので、その旨を率直に尋ねる。
 
「愛人と逃げて来たんだが。なあ」と、多喜子さんから突っ込み。話を変えようと、「大阪へ電話すると、知らんうちに名古屋弁になってるんですわ。『お前、なに言うてんの?』って言われます〜」。
 

店を切り盛りする、(左から)芳子さん、多喜子さん姉妹。そして手伝いの富田さん
  店を切り盛りする、(左から)芳子さん、多喜子さん姉妹。そして手伝いの富田さん
尼崎で生まれ育って、50年以上を尼崎で生きてきたという井之上さんが、なぜ名古屋へ。疑問が解決されていないので、さらに尋ねる。
 
と、「いやぁ、こっちのことやらね(と言って、小指を立てる)。いろいろありましてん…」とか言って言葉をにごしていた井之上さんだったが、いきなり直立不動の姿勢になり、兵隊さんが敬礼する仕草で、こう言い放った。
 
「ハイ! 逃げられましたぁ!」
 
仕事はボイラー関係で、リフト、アーク溶接、ガス溶接、玉掛け、クレーンなどの免許を持つほか、調理師免許もある。実家である旅館の横で「食堂やってたんです」。
 
さまざまな縁に導かれて、今は名古屋で一人暮らすという井之上さん。話しするうちにも何度も携帯電話がかかってきて、「ハイ。ヨボセヨ(ハングル!?)」とか、「すいません。ママごめんね」とか言って、なかなかに楽しそうなシングルライフなのである。
 
立ち飲みメモ
いつもの3人組みで、ビール大瓶6本(360円/本)、かん酒1杯(250円)。つまみは、湯どうふ2個(150円/個)、切り出し1皿(250円)、缶詰1個(150円)で合計3110円。湯どうふ、切り出しなどの日替わりつまみがお値打ち。店を営む多喜子さん、芳子さん姉妹のほか、隣りの富田さんらの手による「本日のメニュー」が好評である。
 
ペン・カメラ/沖てる夫 絵/前田幸三 カメラ/高島誠次



いつか、横になるまで 立飲み人生劇場ナゴヤ篇 著者/沖てる夫
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いつか、横になるまで
       立飲み人生劇場ナゴヤ篇

著者/沖てる夫
体裁/四六版・172P・ソフトカバー
定価/本体価格1,300円
発効日/2003年9月25日
発行所/長征社 神戸市中央区北長狭通5-8-6
    Tel&Fax 078(371)6491

※沖てる夫(おき・てるお)
1951年愛知県生まれ。名古屋市在住
詩人、自称「酒飲み文筆家」。
作品にはブルーズバンド「憂歌団」のために書いた「おそうじオバチャン」「10ドルの恋」ほか、最近、河合塾のCMソングとなっている「嫌んなった」など多数。「立飲み」という正統派酒飲みたちの実態をあますところなく記録・保存し、後世へ伝えるために1998年から取材をつづけ、このたび本書にまとめた。

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●編集室盛り合わせ(2003年9月号/50号)
“酒屋の立ち飲みを、モノクロ写真でご紹介(その壱/立ち飲み屋さん入門)”


●編集室盛り合わせ(2003年10月号/51号)
“おかしな本があったもんだわ”

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●「月刊いーち」の“沖てる夫独占インタビュー”記事はここをクリックして下さい。

また、今月号の「おとくね情報」の中でこの『いつか、横になるまで 立飲み人生劇場ナゴヤ篇』の本を抽選にてプレゼント致します。奮ってご応募して下さい。待ってますよ。
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