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| 主に経済的な理由から、高級なレストランや料亭などを食べ歩くグルメにはなれないが、おいしいものなら何でも食べたがる私は、食いしんぼうであることにはまちがいない。うまいもん食いたーいの一心で、結構いろんな料理にも挑戦する日々。さまざまな食材をさまざまな調理法で試す時、そこにそこはかとない機微が生まれる。ああ、食べるって人生そのものなんだなぁ。 |
今月のテーマはアイスクリーム。 夏はアイスの季節だ。とてもうれしい。 私は最近になってようやく、ガリガリ君とかパピコとか、お値打ち系のものばかりでなく、ハーゲンダッツのクリスピーサンドなんかにも手を出せるようになった。いわゆる大人買いというやつである(言うか?)。 しかし、このごろのコンビニエンスストアに並ぶアイスクリームアイテムのバラエティに富んでいることといったら。あんまり種類が多すぎて、何を買おうか迷ってしまい、決めるのに10分以上かかってしまうこともあるので、正直に言うとあそこまで多くするの、やめてもらいたい。もう少し整理してから市場に送りだしてほしいものである。 私らの子どものころはさ、アイスの冷凍ボックスもあんなりっぱなもんはなくて、ただの細長い、なんというか、四角柱の箱だったよ。冷凍ボックスというより、魔法瓶のでっかいやつみたいなの。ほんで上の部分にフタがついていて、そのフタを開けて、中に手を突っ込んでアイスを取り出すのです。取り出すといってもお店によっては一種類のアイスしか入ってなかったりするから、どれを取ったところで同じなんだけどね。 当時、私の家の近くには製材屋さんがあって、そこになぜかアイスボックスが置いてあって、棒アイスのホームランバーを売っていた。ラクトアイスってやつね。乳脂肪分が少なすぎてアイスクリームって表示できないやつ。でも当時は、木くずとニスの匂いの充満する中、十円玉を握りしめて、いそいそと買いに行ったもんだった。そういえばこのホームランバーの形も四角柱であったな。考えてみれば、昔は丸いものより角々したものが周りに多かったような気がする。ハイテクが浸透してなかったからかしらん。 このホームランバーは、食べた後にも楽しみがあって、バーにホームランの字があると、もう一本もらえた。ヒットって書いてあると、五本集めなくちゃいけなかったと思う。ホームランなんてめったに出なかったから、みんな地道にヒットの棒を集めたもんだった。そこから考えるとハーゲンダッツなんて、やっぱ夢のようだね。買う時、なんとなくドキドキするのもムリからぬことじゃて。なんだか、遠い目になってきた。 |
私には二歳年上の兄がいるのだが、その兄が三歳、私が一歳の時のこと。母は夕飯の買い物を終え、乳母車にチビ二人を乗せ、例の四角柱のホームランバーを一本ずつ与え、帰途についた。 すると根っからの食いしんぼうである鞠奴は、わずか数十秒のうちに自分の分を食べ終わり、「ちぇっ、全然足りないでやんの」てな顔をして隣の兄をチラと見たそうな。その兄は溶けゆくアイスを片手に、ぽやーっと周りの景色を楽しんでいたらしい。「隙あり」と見た妹は、兄の手にある溶けかけアイスを素早くひったくり、再び数十秒で二本目を胃の腑に収めてしまった。 あまりの素早さに事の次第を把握できなかったのか、兄は引き続き、ぽやーっと景色を楽しんでいたらしいが、しばらくしてようやく自分の手にアイスがないことに気がつき、「鞠奴がアイスを取ったー」と泣き始めたらしい。
「うっそー、いくら食いしんぼうでも、一歳の子がそんなことするかー」 まったく覚えていない本人としては、納得がいかないのだが、この話を聞いた人は全員、「ほうほう、鞠奴ならやりかねんのう」と深く納得するのだ。 大体母も母である。兄のアイスを取った時点で、普通はとめなきゃいけんよ、コレ。 「おにいちゃんのアイスだから食べちゃだめよ」とか「返そうね」とか、教育的指導ちゅうもんがあってもいいんでねぇの? 「だって、あんたら二人の個性がすごく面白かったんだもん。こりゃ一部始終見届けにゃならんと思ってさ」 この母のもとで育った私は、こうして“食いしんぼう”という個性をすくすくと伸ばしていったのであった。 |
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